カテゴリ:教育( 23 )

ありのままの人間を愛す

今日のレッスンのとき、ふと昔のできごとが・・・

今日のお題=自分に正直であれ

しばらく前、駅前で昔の生徒にばったり会いました。
サッカーの子とは違う子ですよー。みんなとよく会うんです。
『もしかして○○○くん??』
『やあ、先生!お久しぶりです。』
イケメン彼は乳母車を押しながら若い女性とニコニコして歩いています。

『何年ぶりかしらねえ。もしかして○○○、もう、お父さんになったの?』

彼は小学2年生のときから高校3年までのんびりうちに通ってきてて
大学が地方になったため、しばし音信不通になったけど、
その後お母さんから結婚したということまでは聞いていましたが

お父さんになっているなんて!^^ すごいじゃん!


私は、生徒のピアノが上手かろうと下手であろうと
(下手意識のある生徒たち、焦らせたね^^)
生徒を愛する気持ちには関係ない。

お母さんや生徒は上手くなくては恥ずかしいだろうと思われるかも知れませんが、
そんなことは正直、どうでもよい。(上手い意識のある生徒たち、がっかりさせたね^^)
すべては人との信頼関係なんだから。

それにしても、こうやって久しぶりの再会にお互いが喜べるというのは地元ならではの、
とっても幸せなこと。まして赤ん坊付きで^^

『先生、ここで先生と会ったことを、お袋には内緒にしといてください。』

さすが先を読んでますねえ。。

『なんで?いいじゃない。』

『いや、今、勤務時間なんですよ。駅前で子供とぶらぶらしていたことがお袋にばれると
また、がみがみうるさいんですよ。』

『(笑)わかった、言わないわ^^v』

私は、他にも親には言わないでくれという生徒との約束をいっぱい握っている。
子供にとって有害かどうかを見極めたうえ、生徒との約束を守っています。
しかし、脳年齢若いはずなのに、ほとんど忘れていく・・・^^;
(脳年齢今読み返したら、我ながら笑ったね。)

まあ、ありのままの人間ってこんなもんです。

しかし、○○○のお母さん、このブログ読んでいたりして^^;
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by studioacanthus | 2009-04-20 21:21 | 教育

やさしいお母さん??

やさしいお母さん、という曲をみつけました。
私とは程遠いなあ。

私はこの世で一番の叱り魔ではないかといつも思っています。
子供たちが小さい頃、
「ほめて育てる教育」と言うのが(今でもそうかもしれませんが)流行っていました。
私自身、流行には鈍いし、また教育家のいうことも信じられず
自分の勘だけを頼りに、わが道その時の感情で子供と接してきました。

何故ほめないか?と言うと、
「ほめることがべつに無いから。」
が正直な答えなのです。
何故ほめることが無いような子にまでほめなくてはならないのかと言う疑問には
誰も答えてくれません。
確かに神経質で自信の無い子は褒めてあげなくてはいけません。
でも、褒めても貶してもびくとも動かない、右から左に抜けるような子供に
こちらが神経使って褒めるのはなんだかバカバカしいのです。

その代わり、叱りまくっていました。
「早く寝なさい!」
「早く食べなさい!」
「早く起きなさい!」
「早く弁当箱を洗いなさい!」←これ水につけておく程度のこと。
こう並べてみるとよくわかりますね。いかに急かしていたかが。
私のテンポと子供のテンポが合わないのです。
きっとhow to本には「子供を急かしてはいけない」と書いてあるでしょう。
読まなくてもそう書いてあるのは想像できますからその類の本は読まなかった。
でも、本の書いてあるとおりには育てられないのが現実。
そこで、ある同じような子供(のんびりさん)を持つ大学時代の友達に相談しました。
「のんびりしている子に早くって言わずにそのまま放って置いたらどうなる??」
「たぶんそのままじっとしてると思うわ。」
私もそう思いました。
打つ手なし。。

恥ずかしながら今になってもいまだ言い続けています。
「早く飛行機のチケットを取らないから一週間で100ユーロも上がってしまったでしょ!!」
このまま死ぬまで言うことになるのでしょうか。
「はやく!はやく!」
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by studioacanthus | 2008-05-16 21:56 | 教育

子供の成長

少し前の話です。
駅前のスーパーで久しぶりに昔の生徒さんのお母さんとばったりお会いしました。
その生徒(男の子)さんは今はもう27歳だとか。
10年ぶりくらいだけどお互いすぐにわかりました。

『先生、あのソックスのこと、覚えてらっしゃいますか?
家を出ているけど息子は今でも言ってますよ。』
『えっ、覚えてるんだ。恥ずかしいわ。』
           
             ~~~~~~~~~~~~~~

あのソックスのこととは。
彼が小学3年生くらいのこと。
レッスン時間に少し遅れてやって来て顔は汗びっしょり。
『サッカーやっていてちょっと遅くなっちゃった。』
確かにサッカーの後だということは言われなくてもわかる。
彼が部屋に入って来ようとしたその時、ソックスを見ると泥んこ。
『ちょっと待ちなさい!あなたのソックス汚いじゃない。脱ぎなさいよ。
人様の家に行くとき、そんな格好で行ったらどう思われるか考えたことあるの?』

別にうちの家が汚れるからというより、
レッスンに来る前にサッカーをぎりぎりまでして、そのついでに来るという心構えが
若かった私は気に食わなかったのだ。
ピアノがどうのこうのより人間としての付き合いを欲していた。

私自身、レッスンに行くときはお着替えをしてソックスは当然履き替えて行っていた。
そうすることにより緊張度が高まるからだ。
結局、彼は裸足でレッスンして帰るときに履いて帰った。
ちょっと言いすぎたかな。。。

案の定、お母さんから電話があった。
『申し訳ありません。。日ごろから注意しているのになかなか言うこときかなくて
悪いことあったらしかってください。』
『本人はなんて言っていますか。』
『くそー、むかつくって言ってます。すみません。本当に。』
お母さんは平謝りだった。
まあ、私が注意したことを正直に親に言ったことは褒めてあげよう。

これが『ムカつく。』という言葉を私が聞いた初めての時だった。
昔の子はムカつくなんて胃が悪いときに言う言葉だったのに。。
親や先生に対して言うなんて、
今でも『ムカつく』という言葉を聞いただけで私は本当に胃が悪くなる。

            ~~~~~~~~~~~~~~~

以上の出来事を現在27歳になった彼も覚えていて今では事あるごとに
『先生にはいろいろ言われたけどもっともな事ばかりだった。
僕のことを思って言われた先生は渡辺先生だけだった。
今、社内の中では躾けられていない仲間がいっぱいいて、今頃キレてる。』
とお母さんに話しているそうです。
成長したね。うれしいじゃありませんか。
でも正しいかどうかという判断ができる子供に育てたのはお母さんです。

私が生徒に遠慮せずに注意できる存在であったこと。
子供が先生にしかられたことを親に報告できる間柄であること。
そして親は一方的に子供の味方をせずに一緒に注意してくれるばかりか
私に謝ってくれた。気持ちが伝わっていた。

その辺りのことがうちの娘にも足りていないことと思い、
パソコンを打ちながら長女に延々と話していたら
いつの間にか彼女は部屋から消えていた。><;
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by studioacanthus | 2008-01-31 20:11 | 教育

『怒る』 と 『叱る』

『いかる』も『おこる』も『怒る』と書く。
ちょっとニュアンスが違うようなのでひらがなで書くことにしよう。
ある本によると教育現場では
=子供に対しては怒ってはいけなく叱らなければならない=そうだ。
なぜだろう?
怒るのは個人の人間の感情表現であり
叱るのは子供に対しての窘(たしな)める意味合いがあるからかもしれない。

ところで私はオコらないで叱っているか?

私は小学生くらいの子供達にはどちらもしていると思う。
オコってもいるし叱ってもいる。
けれども中学生くらい以上の生徒たちにはオコっていないつもりである。
幼児の時より成長しているから今さらとりたててイカることもなく
叱ることもない。うちの生徒たちは良い子達だ。
文句なし!といいたいがまだ子供の部分もある。
そんな彼女らにはイカッたり叱ったりはせず相談にのっている。
長い年月を経てきた打ち解けた自然体なので話し合うことは
お互い気持ちが良い。
そもそも中学生くらいになると精神的にも成長しているので
イカっても叱ってもじつはもう遅いのである。
生徒と同じ土俵で先生がイカったりするならば先生が幼稚である。

何年か前のことだが友理が何かの都合で
ほんのちょっとレッスン室に入って私の話し口を聴いたときがあった。
その日の夕飯時
『お母さん、レッスンの時すごいひどい言い方をしていたよ。
あんな言い方をして○○ちゃん(当時小学生)平気なの?』
『別に。。いつもあんな感じよ。そんなにおこってないわ。』
『いや、かなりイカってた。少なくとも私はお母さんのように言う先生に
今まで出会ったことない。』

・・・・・・・・

私自身そのレッスンでオコったつもりは全くない。
ただちょっと熱が入りすぎたか
何か聴いて感じて感情が昂ぶっていたのかもしれない。
と言わせてもらおう。

冷静に子供のために叱るのは当然の義務だけど
それとは別に感情をあらわに現してオコるのは良いことではないのか?
そんな事はないと思う。
私自身は感情むき出しのレッスンを受けてきた。
間違いのないように言っておくが私は無意識に子供によって
投げかける言葉が変わっている。
それも愛情の一つだと言わせてもらおう。

お互い感情を持った人間なのだから
いつも頭で計算して見栄えよく生きているのではない。
生身の人間同士のつきあいでロボットではない。
あまりにサボっていたり忘れたり
言ったことををいつまでも直してこないとしつこく注意する。
精神的に強い子もいるし弱い子もいて一人として同じ子はいないので
その子なりの口調で叱る。

より強くなるために、小さい時から生活体験以上に
いろんな感情体験をして欲しい。
努力する喜びを感じて欲しい。
あれもこれも一杯考えているからこそ、つい口から感情が飛び出すのだ。

何も言われなくなったらおしまいである。
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by studioacanthus | 2007-04-13 20:40 | 教育

かけがえのない人との出会い 6 『まぼろし軍団』

中学生の時 『隠れて悪さをするグループ』のことを私たちは
『まぼろし軍団』と言っていました。
この名前をつけたのは○○先生です。
そして”まぼろし軍団”はまぼろしではなく本当に実在していました。
私はそのグループの人たちが具体的に何の悪さをしていたかは知りませんが
きっとお酒・タバコの類だったんじゃないかと思ってました。
でも酒、たばこも中学生では完全に罪になりますよね。

たぶんまぼろし軍団は6,7人くらいの男子のグループ。
メンバーの半分くらいの男子はとても身長が高く180㎝を超えていて
とてもじゃないけど近寄りがたい雰囲気を持っていました。
彼らがかたまって廊下を通ると私は引いていました。

先生は
『まぼろし軍団を征伐に行かなくてはいけない。えいえいおう~!』と言って
教室を抜け出し彼らとしょっちゅう面談しておられていたようです。

ある学期に、そのまぼろし軍団の二人が私の席の近くになってしまいました。
一人は斜め前の席、もう一人は横。

とっても怖かったんです。

当然話はしないし私は目も合わせない。意識的に避けていました。

そんな日ある日、まぼろし軍団の一人が声をかけてきました。
『あんたって毎日ピアノ弾いてるんけ?』
『うん。』
『ふ~ん、帰り道、あんたの家の前通るといっつも聞こえるんやけど、よう弾くな。
いっつも同じ曲弾いてんちゃうけ?』
『うん、練習してるから・・・』
どきどきしながら答えました。

もう一人の軍団の人からは
『この問題ようわからへん。ちょっと教えてくれへんけ?』
と照れながら言われ
怖そうな態度してるのにかわいいところもあったのを覚えています。

そうするうちに少しずつ彼らは私に話しかけてくれるようになり
私もだんだんまぼろし軍団の人から声をかけられのも慣れてきて
挙句には女子では滅多にしない彼らとの会話が手柄のように感じ始めました。

”私はまぼろし軍団と対等に会話ができる”

当時、大勢の友達を作ることが苦手だった私は
自信につながっていきました。
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by studioacanthus | 2007-02-28 21:32 | 教育

かけがえのない人との出会い 5 『お弁当の時間』

○○先生のお昼のお弁当は私の担任だった2年間ずっと全く同じでした。

マーガリンをぬった食パン2枚と学校で注文する牛乳のみでした。
ハム一枚入っていない。
大げさでもウソでもありません。
本当に2年間ずっとパンと牛乳だけでした。
気のつく女子の間では怪しがられていました。
あんな食事で大丈夫なんだろうか。
朝と夜で補っているのだろうか。
母にも言いました。
『あんな食パンと牛乳だけで生きていけるの?
奥さん何してるんだろ?家出していたりしてね。』
私もなぜ奥さんが先生にお弁当を作ってあげないのか不思議でしたが
先生にそのわけをお訊きすることはできずにt中学を卒業しました。

先生のお宅に遊びに行って、息子さんを見て、初めてわかりました。
奥様は息子さんのお世話に大変なので
御自分でマーガリンをぬって食パンを持って来られていたということだったのです。

さて、その食パンを持って先生は
『今日はどこの班へ行こうかな。』と言われ
毎日違う班で生徒たちと雑談しながら食べておられました。

ある日、私達の班に来られた時、
『高橋さんは夜何時に寝ているのかね?』
『12時過ぎくらいかなぁ。ピアノを10時まで弾いてその後お風呂と宿題
しているとすぐ12時になってしまうので。』
『それはいけない。寝るのが遅すぎる。何があっても12時前には寝なさい。
宿題できていなくても寝なさい。あなたは勉強しすぎていますよ。』
『はああ??』
『勉強はね、20歳過ぎてからすればいいんだよ。』
わたしはそのとき、
本当の勉強は20歳過ぎてからするものだということを知りました。
つづく
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by studioacanthus | 2007-02-21 11:15 | 教育

かけがえのない人との出会い 4 『先生の御子息』

○○先生のお宅を一度だけ訪ねたのは
大学を卒業したころだったと思います。
私が学校の担任の先生のおうちを訪ねたのは
後にも先にも○○先生だけでした。

先生の持つ何かに惹かれていたのは確かですが
いまでも何故あれほどまでに○○先生のおうちに
行きたがったのか分かりません。

中学時代の親友三人で○○先生のお宅に遊びに行きました。
公営住宅の一室。
初めて入る先生のお宅にワクワクしながらと書きたいのですが
そんな気持ちは玄関で吹っ飛んでしまいました。

『散らかっているけど、どうぞ。』
○○先生は笑いながらおっしゃいました。

本当に散らかっている。。
食卓テーブルの上は食器のやま。
出てこられた奥様は顔中あざか怪我をされたのか?
中では息子さんがわあわあ、話をしている。
とにかく普通ではないというのが瞬間でわかりました。
○○先生は
『うちの息子はね、ちょっと頭のねじが一本間違ってはまったんだよ。』

私は息子さん(私より年上)と会ったとたん、
涙がどどど・・・と溢れ出しました。
身が切られる感じでした。
泣いてはいけないと思っているのに涙が止まりませんでした。

『息子は自閉症っていう病気なんだよ。』
○○先生は穏やかに真剣に教えてくれました。
はじめて自閉症と言う病名を知りました。

息子さんは音楽が大好きで私たちがお邪魔しているあいだ、
ずっとずっとレコードを聴きつづけていました。
『彼はねぇ、音楽がとっても好きで、聴かない日はないんだよ。』

『どんなに悪い生徒でも話して話して話し続けると子供は必ずよい子になるよ。』

『毎日好きな勉強に追われている生活が苦しいけど楽しいんだよ。』

『親が子供に期待することほど罪なものはないんだ。』

『うちの息子は不幸だ、だけど僕は彼を子供に持つことができて
世界一の幸せものなんだ。』

おうちを訪ねてすぐに先生の今までの不可解な行動が理解できました。
ニクソン会議と言ってよく学校をお休みされていたのはその息子さんのため。
○○先生の邪(よこしま)なものに対しての正義感の異常なほどの強さ。

そして、その時に
○○先生は京都大学で哲学を勉強されたこと。
奥様は韓国人で同じく文学部で本を書いておられる歌人であること。
を知ったと思います。

一年分か一生の涙を先生のお宅で流すばかりで
結局言葉にならずに帰ってきました。
でも、あの一日で私が得たものは計り知れない。
私が強引に訪ねて行ったことが○○先生に対して申し訳ないことだったのではないか。
健康である自分がいかに恵まれていて、また怠けているか。

泣いて泣いて行き着くところで
少なくとも私は彼よりも健康である。
私はもし、自分が何かをできる人間に生まれているとしたら
それを活かすべく生きなくてはいけないと思いました。

その後、先生から
『あなたの流した涙は純粋な涙だった。恥じる事はないのです。』
という手紙を頂きました。
つづく
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by studioacanthus | 2007-02-16 20:42 | 教育

かけがえのない人との出会い 3 『授業中に回ってきた本』

私が(美恵)中学生で○○先生が担任。
何の授業だったかはまったく覚えていません。
ただ授業中だったことだけは間違いありませんでした。
前の列の友達がそっと隠して週刊誌を回してきました。
私は回ってきたんだから当たり前にその雑誌を受け取りパラパラめくりました。

うわっ、すごい。

私は中学生のそのときまで大人の男性用の雑誌は見たことがなかったのです。
すご~い、きれいな女の人の裸、今まで読んだ事のない文章に
ただただびっくり、すごい!
プレイボーイという本だったような。。

なんせ初めてのことですから時間を忘れ、その場も忘れ
我を忘れて眺めて、お隣の子と一緒に読んでしまいました。

いかん、読みすぎた。
慌てて、うしろの席の人にそっと先生にばれないように回してあげました。

それなのにどこでどうバレたのか、誰かが告げ口したのか、
先生に見つかってしまいました。

『この雑誌を読んだものは正直に教室の後に正座しなさい!!』
○○先生がものすごい迫力で怒鳴りました。

読んだんだから仕方ない。観念して・・・
恥ずかしいので下を向いて教室の後に向かいました。
5,6人、いや10人くらい座ったかな。
周りを見たら女子は私一人じゃありませんか!!
なんで??誰も女子は読まなかったの??
このときはほんとに顔から火が出るほど恥ずかしかった。
ただの本ではなくプレイボーイを男子ならともかく
女子一人、優等生の?私が喰らいついて読んだということが恥ずかしい。

かなり長い時間けちょんけちょんにお説教されました。
先生は授業をサボって雑誌を読んでいることよりも
教えてくださっている先生に対して失礼だと言うことをとことん説教されました。
よくこれだけ覚えてるものです。懐かしい。。
あの時はとっても恥ずかしい思いをしたけれど
もし、嘘ついて教室で正座しなかったらきっとここに書くことはできなかったでしょう。
つづく
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by studioacanthus | 2007-02-08 20:54 | 教育

 かけがえのない人との出会い 2 『仏の心の先生』

○○先生は今はもう80歳を過ぎていらっしゃいます。
○○先生は私の京都市立中学2年、3年の担任の先生で
2年間続けてお世話になりました。
科目は社会。
先生は授業に教科書もノートを持って来ないで手ぶら。
草履を履いていらっしゃる。
白い手ぬぐいをズボンの後ポケットからたらして
上は白のワイシャツ、下は黒のズボンが定番でした。
『今日はどこからかな?』と生徒に聞いてから世間話のように
歴史や政治経済の話をしてくださいました。
教室の中をず~っと歩きながら30分間、ただただお話しされるだけ。
嬉しいことに授業はいつも予定時間より早く終わっていました。
最後に黒板にその日のまとめを書かれるのですが
全て暗記されていて何も見ずに要点を箇条書きにして
黒板に書かれていました。
なんで全部覚えておられるの?すっごい記憶力!

かと思えばしょっちゅう学校を欠席もされていました。
『ぼくは、明日またニクソン会議に出席するので
学校をお休みしなくてはいけない!君たち、分かったかね。
静かに自習するように。』
と真面目な顔で話されるので本当に私は先生が
ニクソン会議に出られたのだと思っていました。
でもお休みされる時はいつもニクソン会議だったので
のちにウソだというのがわかってきました。
嘘っぱちの冗談や大げさなパフォーマンスでお笑い系。
これでは”良い先生”の枠にはまらない。
でも、ずば抜けた記憶力と話の説得力では怖いほどの賢さ。
得体の知れないお化けのような先生でした。
中学生の私にとっては衝撃的でした。

何かに憑かれたように私は○○先生だけには中学を卒業してから
ずっと年賀状を送るようになりました。
一年の締めくくりとして簡単な近況だけ書いて
30年以上毎年一度も欠かさず書いています。
そして先生も一文だけの年賀状を必ず毎年送ってくださっていました。
それが今年初めて先生の年賀状が届きませんでした。

わたしが気にならないわけがありません。

ついに先生のおうちに電話をしてみました。
何度しても出ない。。
先生は何年か前に息子さんを亡くされその後すぐに奥様を亡くされたのでお一人。

どうしても気になるので中学の京都の友達N君に電話してみましたが
いろいろ調べてくれてやはり彼も消息がつかめないとのこと。
けれどきっと先生は長女さんと一緒に過ごされているのではないかと言われました。
そうだったらいいんだけど。。。

次回から授業の思い出、いくつかのエピソードを書いていきますね。
つづく
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by studioacanthus | 2007-02-01 22:25 | 教育

かけがえのない人との出会い 1

久しぶりに意を決して懐かしい話をしましょう。

人はある大切な所で大切な人に出会うということがあるものでしょうか。

親から生まれ、育ち、友達、先生に出会う。
そして一生の伴侶となる人間に会い、また子供を産み育てていく。

私は幸運にもいままでに要所要所である方向に導いてくれる大切な人に
出会うことができました。

私自身が良い人と出会えたという意味もありますが
その意味以上に何かしら極めつけの人に出会えたということが
私にとって本当にラッキーなことだと思っています。

今の私は夫と一緒になったことが現在の私を作っているわけですから
そのことを感謝せずにはいられません。
しかし、夫に出会う前に物の考え方や価値観を教えてくれたのは
親と先生です。やっぱりそこにルーツがあるように思います。

私の人格形成に大きく影響したであろう先生。

乱暴ですが出会った先生を大きく分けると

1、反面教師となった先生。この先生を知らない方はこちら
2、可もなく不可もない普通の先生。ほとんどの先生がこのタイプ
3、人として正しく生きるべき心を指南してくださった先生。

2番にあたる先生はいつでもどこでも出会えるだろうから
わざわざ書く必要もありません。
3番目の先生はいまどうしても書きたい先生なのです。

人として正しく生きるべき心を指南してくださった先生。
そう滅多にいないと思います。

主人などは学校の先生に対してはほとんど記憶がないそうです。
物覚えが悪いのでしょうか。運が悪いのでしょうか。
彼の先生の記憶と言いますと、

”小学校の算数の時間、
先生が間違った式か答えを黒板に書かれたので
たまりかねてそれをそろっと指摘したら
先生曰く『わざと間違えて君達が気づくのを待っていたんだよ』という
あわれな答えが戻ってきた先生”の記憶しかないと言います。
つまりはずれだったようです。
お気の毒ですね。

それに比べ私は少なくとも三人、冗談抜きで
仏のような先生に出会うことができました。
いつかは書きとどめておこうと思っていたのですが
こんなに早く書こうと思う時期がくるとは思ってもいませんでした。つづく
                                
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by studioacanthus | 2007-01-30 23:12 | 教育