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シューマンピアノソナタ第2番・ブラームス作品119

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無事にボローニャに着きました。
今回も定刻どおり飛行機が発着できて、なかなか良い旅でした。

申し遅れました。。。
先月ピティナの「グランミューズな大学生」に紹介していただけましたが、
先日郷土の響きで演奏したライヴ音源のシューマンのソナタ第2番全楽章
をお送りしたところ、
「演奏がとても完成度が高く、この機会にピアノ曲事典の方への
登録をお願いしたいと考えております」という突然の
うれしいお知らせをいただいたきました。
思ってもみなかった事で
大変光栄なことなので喜んでお受けしました。

実を言うと本当はブラームスの出来が今までの中で一番良かったので
音源をシューマンにするかブラームスにするか迷いました。
結局ブラームスは渋すぎる、誰が聴くんだ、と思いシューマンをお送りしました。

でも多くの人に知ってほしい、弾けば弾くほど味の出てくるブラームスを、と思い
思い切って「ライヴのop119全曲ブラームスもいかがでしょうか。」
と送ってみましたら「全曲音源はないので是非」と
快諾してくださいました。

ついでにライヴのショパンのソナタ3番全楽章もあるんですが・・・と書こうかな、
と思って母に言ったら
「調子に乗るな」と言われたのでソナタはやはりもう少し暖めます^^;

ライヴ録音は臨場感や息遣いまで伝わるのでスタジオ録音よりも聴いていて
断然おもしろいと私は思います。
10月1日より毎日月曜日から金曜日
朝9時から5時まで大学で勉強しています。
残りの時間でピアノと食事作り、家事をこなしています。

言語学の先生がゲバラ先生と言うお名前。
アルゼンチン人なのでチェ・ゲバラの親戚かな?
だったらすごーーーい!若くてよくしゃべる面白い先生です。

ところでピアノ曲事典が9月にアップされていました。
(時々チカチカと言う機械の雑音が・・・おじさんの息が・・・物を落とす音が・・・
私が録った物なので仕方ないけど^^;)
こちら

以下リサイタルに使った簡単なプログラムノートを載せますので
聴きながら読んでくださると嬉しいです。



ブラームス:ピアノのための4つの小品集 op.119

全体的に宗教的でとても繊細な音を持つ曲です。ピーンと張った緊張感、詩的な
メロディーの1曲目から始まり、神経質で動揺してしまう2曲目。中間には少し過去
を懐かしむかのような甘美な和声進行をはさみます。3曲目は軽く明るく大らかに遊
び心いっぱいの曲です。そして、フィナーレのラプソディー。堂々とした重厚な和音
の連続で成功へと導かれるかと思えば、また不安に苛まれるような、まさにブラー
ムスそのものを語っているような曲だと思います。

この曲はブラームスの最後のピアノ曲で、またロマン派を締めくくる最後の曲で
もあります。完全主義者であったブラームスが今までの人生を振り返り、来世に希
望を託す一筋の光をこの曲に込めたような気がします。
20歳で弾くべき曲ではないかと思いますが大好きなブラームスをわずかでも
触れたくて弾きました。悟りを開かなければ弾けない大曲。
一生をかけて弾いていきたいです。


シューマン:ソナタ第2番 op.22 ト短調

ブラームスのop.119は彼が60歳のときに書かれたものに対して、このソナタはシ
ューマンが23歳のときに書かれたものです。若さ溢れる躍動感の満ち溢れる曲です。
シンコペーションや咳き込むようなシューマン独特のリズムが頻繁に出てきてテク
ニック的にも難曲です。
シューマンは後にうつ状態になりライン川で自殺未遂をしたことで有名ですが、
すでにこの曲にも執拗なまでの同じパッセージなどその兆候がすでに見え隠れし、
神経質すぎて近寄れない鋭さを感じます。2年前に謝肉祭を弾きましたが、
そんなシューマンに不思議な魅力を感じ今回も取り上げました。

                                2008年 10月   渡辺 友理


よろしかったらみてください。
ピアノ曲事典音源提供ピアニスト

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by studioacanthus | 2008-09-14 21:53 | グランミューズな大学生

グランミューズな大学生

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今回、ピティナのホームページでグランミューズナ大学生コーナーの取材をされている、
石川伸幸さんが遠い我が家まで来てくださいました。
MDで録音してテープおこしするというインタビューなんて初めてなので失言しないように
予め内容を考えておいた方がいいんじゃない!と老婆心なる私は
友理に諭していたものの、彼自身インタビュー内容を事前に決めていなかったらしく
「いやあ、リラックスしてお話しましょう」
と彼に言われたので、だんだん素直にふだんのただのおしゃべりに・・・
インタビューは軽く流し、後はまったくのおしゃべり、ついには大爆笑に!!
後で彼はまとめるのが大変だったと思います。
お忙しいときに気の毒なことをしてしまいました。

「だいたい友理のインタビューに何故、親の私が同席しなくちゃいけないの?」
「わざわざ家に来てくださってお母さんが別の部屋で隠れているのはもっとおかしいよ。」
そう言われればそうか・・・
「もう大人なんだから一人で話しなさいよ。」
「やだ、恥ずかしい。日本人の男の人に慣れてないもん。
外人さんにはカタカナだから何でも言えるけど
日本語だと微妙なニュアンスがあるでしょ。」
やっぱり母国語はダイレクトに心に響くんですね。
外国語が心に響く語学になるにはまだ時間がかかりそうです。
イタリアでは多くの男友達と平気で話しているのに、
結構シャイな娘でした。

結局三人で夜遅くまで、大きな声で、大笑いしながら、三人ともピアノ弾いて、
次から次へと話題も尽きることなくほんとに楽しい時間を過ごしました。
今、彼はドイツに行っているのかな、お忙しい中、素敵な文章をありがとう!!


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ひとつ、気になるところ、
「子供の頃、母もとにかく遊べという感じで・・・」
私そんなこと、言っていたかしら??
何事もそうですが一つのことを伝えようとするとそれが時に一人歩きして
誤解を招くことがあります。
小さい頃、確かに、良く遊びよく寝るという「子供の仕事」を最優先させましたが
遊んでばかりではなかったと思います。

ピアノは友理の仕事なのでわずかな時間でもたいてい毎日弾いていました。
小学4年生頃からリズム、対旋律、四声の聴音、クレ読み、伴奏付け、和声など
つまり、ソルフェージュや和声、楽曲分析などは芸高、芸大レベルのことは
小学生の時にやらせていました。
こう書くとかなりの英才教育だし教育ママゴンのような気もします。
(机上の勉強は本当にしなかった。。)
でも、これはピアニストにさせるためとか音大受験のためではありません。
ここを誤ると子供はかわいそうなことになります。
あくまで人間形成の一部としてであって将来の姿は本人が決めるべきものです。

私自身が割合気楽な取り組みだったので友理にとっては
「放ったらかされていた」
毎日「音が苦」ではなく子供の頃の記憶として「遊んでばかりだった」
と残っているのでしょう。

子供は勝手なので一度でも自分に都合のよいことや悪いことを言われると
それをずっと覚えているんです。
一度でも親がゲームをすると
「うちのお母さん、いつもゲームしている。」と言われます。
大抵の子がゲームを持っていると
「みんな持っている。」と言います。
気をつけましょう。
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by studioacanthus | 2008-08-28 23:03 | グランミューズな大学生