幼いころの思い出~友理のピティナ~

毎日のアクセス検索ワードがピティナ関係のオンパレードです。
こんなに多くの方が興味を持たれているとは・・・
私もまだ本選の審査が残っているのでそれがひと段落してから
先日のつづき(B級からD級の変化)をアップすることにします。

今回は一つの例としてピティナの友理の幼いころの思い出話を書きましょう。
友理が初めてピティナを受けたのは年中さんでした。
ピアノを弾き始めて数ヵ月後くらいだったか??
申し込み締切日直前に課題曲を決めてそれから練習を始めさせました。
まだ幼く病気もよくしていたのでこの時だけは病欠になるのを恐れて2箇所
申し込んでありました。
1番目の会場で他の子供達の演奏を聴くと
もうすでに何人かは幼稚園なのに大人っぽく仕上げてありびっくりしました。
こんなスタイルなら落ちるな・・・と思っていたら案の定落ちました。
次の予選まで一週間あったので慌てて少し流行の曲想をつけ
テンポを速くさせたら予選は通過しました。
そして本選。
当時今ほど人数は多くなかったので結果的には第2位をいただけましたが
当時は第1位しか全国大会には行けなかったのでそこで終わりました。
その時に1位になった○○○ちゃんは狂喜せず1位になったのに泣いていました。
「これで夏休みは全部レッスンになってしまう。。
こんな生活良いのか悪いのか。。
ディズニーランドがおあずけになるの。」
全国大会に行けるのに親子で悲観的に嘆いていらっしゃいました。
彼女は年長さんで毎日5,6時間さらっているそうで私もそれはよくないなあと思いました。
結局彼女は小学校でやめたそうです。

次の年長さんくらいだったか?B級を受けたらこれはものすごい大人数。
たしか本選で60人くらいいたと思います。
その中から全国大会にいく一,二人を選ぶのなんて??
もちろん落ちました。本選6位だったと思いますがが賞状たちはそういえばどこへ??
あまりの大人数の審査はよくないと思いしばらくコンクールはやめました。

その数年後の小学5年生のときE級(これも本選優秀賞だったと思う)
私はいつも2ヶ月弱くらいの準備で一つだけの地区で受けさせました。
何ヶ月も同じ曲を成長期の子供に弾かせるのは
得るものより失うものの方が大きいからです。
また、すべてのコンペで飛び級で受けさせました。
年齢の曲をさらいこませて安定させるよりも少し上の級で勉強するのが
子供の成長にはよいと思い全部飛び級させました。

子供時代の入賞などは私はたいして興味はありません。
なぜなら5年、10年も経つと成長には変化も出るし
ピアニストを目指すならその賞は時効になると思うからです。

さらい込みが浅く不安定など何が原因でコンクールに入ったり落ちたりしているかは
わかっていたので放っておきました。友理自身もケロリとしていました。
その後もいろいろなコンクールに出たりして
運良く頂いた賞もありがたいものですがそれ以上に
いろいろな想い出が親子には残っているのが大切な宝です。

コンクール入賞のためにピアノを弾くのではなく
マンネリしそうなピアノ練習にエッセンスを加えるために受けるのです。
コンクールをうまく経験することに本当の意味があります。
何度も言いますがコンクールのために弾いているのではなく
ピアノが好きだから弾いているのです。
27歳くらいになるとコンクールは終わります。
その後をどう生きるかが一番大切です。

友理は小学生の頃は勉強はなしでピアノとお昼寝と本読み外遊びの生活でした。
ピアノを上手に弾くことで頭や指、耳を使い集中力は養えていたと思います。
ピアノを考えて弾くことは脳の活性にとてもよいものです。
今は小学生のころよりはずっとたくさんピアノも勉強もするようになりました。
そしてイタリアへ行ってまた違った文化を体験しているようです。
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by studioacanthus | 2007-08-05 11:29 | コンクール
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