2006年 ピティナ特級Ⅰ

7月4日のブログについて賛同の御意見をたくさん頂き私の感覚に自信を持ちました!!
ありがとうございます。

週末はピティナ特級の審査に行ってまいりました。
特級審査の依頼を受けた時、正直迷いました。
どうしようか、、、、
私などが人を評価して良いものだろうか。

数日間考えましたが私のようにどこにも属さないもの、何も失う物のない者は
本当に感じたことを正直に書ける。
この腐りかけているコンクール時代にピティナのシステムは大変清潔なので
自分の気持ちを素直に受験者に伝えればいいだろう。
体当たりで受けに来る若者たちに対して私も真摯な気持ちで受けよう。

承諾しました。

さて第一日目、みなさん、さすがでした。
お世辞なんかじゃありません。去年のG級とは比べ物になりませんでした。
『何でこんなに弾ける方が多いのですか。』とほかの審査員の先生にお伺いしたら
『今年はピティナの何とか記念なので特級の決勝に残れば全員オケと合わせられる
という特典があるので気合を入れてくるでしょう』とのことでした。
ほぼ全員がもう一定レヴェル以上で曲を自分のものにしているのです。
ただどこまでご自分で作り上げたのか、あるいは先生による曲作りだろうと
思われる方もたくさんいらっしゃいましたが、
それにしても特級全体のレヴェルは確実に目に見えて上がっていると思いました。
そんな上手な方の評価をするなんて、、、
ピアノを愛する同士として書かせていただきました。
ですから書き方もきついでしょうし、文章も丸裸になったと思います。

これから厳しくなるだろうクラシックの世界に生きていかなければいけない仲間に
お世辞を言っている場合ではないと思ったからです。
小さい子供達には私も褒めたりおだてたりを、たまにはしますが
もう特級になればもうそんな世界を卒業しているはずです。

褒めてあげることほど気楽なものはありません。
また励ましてやらせることも簡単です。
しかし自分の名前を出して意見することは責任と勇気が必要です。
誰も嫌われるようなことは書きたくないのですから。
でもそれを大人が逃げるのは卑怯ですし、
曖昧にしてしまうと今の日本の政治のようになってしまうのではないか。
(と偉そうなことをいえる立場ではありませんが)
世の中褒め殺しが蔓延していると思いません?
嫌われることを承知で敢えて書くというのは良い気持ちではないけれど
どうしても伝えておくべきと思い、結局たくさんの感じたことを次から次、
書いてしまいました。

帰り道、なんでこんなに受験者の気持ちを損ねてしまうかもしれないことを
書いてしまったんだろうかと自責の念に駆られました。
嫌な気持ちになりました。傷ついていないかなぁ。頑張ってね。

でも、今日は気持ちを取り戻しました。なぜなら、
ピアノに取り組む真剣な若い方にここまで私が言い続けるということは
彼ら本人に情を感じていることだ気づいたからです。
どうでもいい人にはわざわざ嫌われることなど言いませんものね。
私の拙い文章でその気持ちが伝わっていればうれしいのですが。

                                              つづく
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by studioacanthus | 2006-07-11 00:08 | コンクール
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