7月4日 ピティナC級で見えたもの


ある日曜日ピティナを一聴講者として聴きに行ってきました。
時間の余裕もあったので30人ほどのC級を全部聴いてきました。

いつもは審査なので講評を書くのに精一杯で耳と手しか使えないのですが
その日は書かなくてよいぶん、じつにステージでの様子がよく見えました。

C級とは小学校6年生以下、でもぱっとみため、
かなり幼い感じの子供達もちらほら見かけました。
小さいがために足台や補助ペダルをセッティングしなければいけないお母さん、
たくさんおられました。ごくろうさまです。

しかしどう見ても自分でセッティングできる年恰好の子供達なのに
保護者がすべてやってあげている親子もたくさんいました。
ピアノの下にもぐってなにやらペダルにつけたりマットみたいなものを敷いて
5cmか10cm床を上げてあげたり、、、、
子供に対して最善を尽くしてあげているのでしょうか。
少なくとも私はそんな扱いを親からされていないのでなんか変な感じがしました。

ペダルを踏みたいけど足がとどかない、
足をペダルまで伸ばすとピアノと体との幅が狭くなり窮屈で肩が上がったり
腕が自由に使えないと感じたり、、、
はやく大きくなりたい~ うまくなってかっこよくペダルを踏みたい~
と思った自分を覚えています。
その不便、不自由を感じたからこそ成長したと思うのですが。

もっと驚いたのは
かわいい子供のためにセッティングをしている優しい保護者をよそに、
当の本人たちはどの子もじっとステージに突っ立って
その様子を眺めているのです。
保護者は足音を立てないようにするためかスニーカーを履き
せっせと足台、ペダルの小物のセットをしてあげて・・・
子供はまだかまだかとじっとして待っている。
保護者は多分、親御さんか先生なのでしょう。
子供達は彼女らにセッティングさせて何か感じているのでしょうか。
当たり前のように何度も親にセットし直させている子供もすごい。
子供ができるはずなのに椅子の高さの調節までしてあげる保護者もすごい。

もちろん体格的に無理なお子さんは仕方ないでしょうが
これはもう充分自分で出来るような背格好のお子さんの話です。
大事な本番のために手を傷めたくないからですか。
みんなですれば恥ずかしくないのですか。

自分で足台のセッティングもできない、させられないような子は
C級など受けなくて良いと思ってしまいました。

保護者がひざまづいてペダルの小物をつけてくれているのを
当たり前のように見ていられるお子様は何様なのでしょうか。
子供達がせめて心の中で感謝してくれてたらなぁ。。。
こんな育ち方をしているというか、させていると感覚がおかしくならないのかしら。。。
これからどのような時代になるのかとっても心配になった私でした。
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by studioacanthus | 2006-07-04 21:41 | コンクール
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